福島 蔵元便り、連載中です。

2018年5月より、東京新聞様の朝刊で、弊社社長 斎藤美幸のコラムを連載頂いております。

明日、7/24が三回目となりますので、
ふりかえって過去二回掲載分について、引用にて紹介させていただきます。

【第一回 5/22】

はじめまして。福島市唯一の造り酒屋「金水晶酒造店」4代目蔵元の斎藤美幸と申します。

2011年3月の東日本大震災発生当時は東京都民でした。造り酒屋の一人娘ながら、震災直後は4代目を継ぐどころか「116年続く酒蔵もこれで終わり」と考えていました。当時、私の周りは東日本の食材全体が危険であるかのような情報ばかり。そのような中、地元の米と水で造る酒をお客さまに届けるのは罪のように感じたからです。

しかし当時社長の父は「こんな時こそがんばらなければ」と酒蔵を存続させました。詳しい理由は言わず「今年も酒を造る」の一点張り。それで11年は「何となく気持ちが悪い」と感じていた私との妥協点で他県産米で酒造りをしました。

当店の蔵人は全国新酒鑑評会で8年連続金賞を得るなど大変技術力が高いですが、例年と違う他県産米では造りにくかったそうです。翌年からは全量検査の開始を受け、県産米に戻しましたが検査のため入荷が遅い。しかし放射性物質濃度が基準値を超えた米袋を除くために文句は言えません。もちろん水も製造した酒も調べます。こうして再び米も水も酒も全部大丈夫な福島の酒が戻ったのです。

一方、製品は安心になりましたが、わが社はどうか。父は80歳を超えました。報道記者の経験しかない自分に日本酒蔵元経営は無理だと悩みました。けれども「福島市唯一の造り酒屋は残すべきだ」と思い、15年4月に帰郷し、造り酒屋を継ぎました。幸い15年産米は1049万8720袋もの全量を調べても基準値超えはゼロ、その後も検出ゼロは続いています。もう米も酒も大丈夫。

次回からは福島のおいしい日本酒の話題や地域の様子などについてお伝えします。よろしくお願いいたします。

(引用元 : 東京新聞)

 

【第二回 6/26】

福島市唯一の造り酒屋を残したい」と、2015年に東京から実家の酒蔵に戻ったものの当初は何をすべきかわかりませんでした。帰郷した翌月に日本酒審査で最も伝統ある全国新酒鑑評会の結果が発表され、福島県の金賞蔵数は24蔵と都道府県別で3年連続日本一となりました。弊社も8年連続金賞を受賞。しかし、いくら味や香りが良くても知られなければ売れません。そこで福島酒のおいしさを伝えることから始めました。

15年は6月に東京・池袋で「日本酒フェア」、8月に渋谷で「ふくしま美酒体験」、9月に有楽町で「東北6県魂の酒まつり」、10月に本郷で「東大ホームカミングデー」など声がかかった試飲会のほとんどに参加しました。自分に蔵元が務まるだろうかと不安でしたが、「おいしい」と言ってくださる方が多く、お客さまから勇気を頂きました。

今年の全国新酒鑑評会でも、福島県は弊社を含め19蔵が金賞で、6年連続日本一という新記録を作りました。「おいしい酒と言えば福島」と説明できる根拠の一つを得たと言えるでしょう。県内試飲会のチケット完売時期も毎年早くなり、「必死に当日券販売をしたころが夢のようだ」と酒造組合の大先輩がおっしゃいます。

22、23日に福島県須賀川市のホテル、24日にJR福島駅ビルが主催した試飲会に参加し、出品しましたが、いずれも満員御礼。駅ビル試飲会の出席者は半数が女性でした。

7月15日には東北新幹線新白河駅がある福島県西郷村で「青空バル」という日本酒イベントに参加します。酒販に縁のない主婦が発起人で、日本酒人気の広がりを実感しています。当日は、車を運転して帰るために飲酒できない人にも配慮した内容になるそうで今から楽しみにしています。

(引用元 : 東京新聞)

 

第三回は7/24(火)を予定しております。

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